昨日は割と涼しくて快適であったのに、今日は蒸し暑い。こう暑いと鬱になるよ。年中肌寒い国に生きたい。泥酔すれば、たぶん南方気質なんだけど、創作に励む際と普段は絶対に北方気質だな、JUNKさん。こう暑いと、夕方から夜のヨコハマの波止場に行きたい。
やや日が暮れた頃、若鶏の焼き肉喰いながら、片手でビール瓶持って、カイザーヴィルヘルム教会の近くの通りを歩いたり、フュアクルステンダム駅の近くにあるトルコ人街を、やっぱりビール瓶片手にフラフラしながらアパートに戻る道を散策していた短期間のドイツ滞在の生活が、実に馴染みすぎて困った。
日本の夏なんぞ、ビールが美味いことと、街で、電車で、女の薄着が見れる程度の良さしかない。自分自身は薄着になるのは好きじゃないのにね。でも、薄着を視姦したところで、雌の肌に対する俗っぽい反射的興奮以外のものは何もない。
重力に逆らったて飛びたったロケットは、燃料がなくなれば空虚や鬱に向かって落ちるのみ。人間の人生って、なんだか性的興奮にも似たロケットと同じようなものだよね。今年の誕生日は、オスカー・ワイルドを意識して26歳のJUNKさんのために喪に服すかな。そして、薄着から感じるものは、夏の雰囲気は嫌いだというアンチテーゼでしかない
そんな調子で暗い日曜日。昨日と同じドトールの同じ席で、ざざっと野ばらちゃんの『それいぬ』を読んだ後、昨日に続いてトマス・ピンチョンの『重力の虹』を読んでた。なんだか、2部から3部にかけて、手が止まらない勢いで困った。第1巻も残すところ数十頁です。たぶん、『重力の虹』だけで3時間半近く読んでたよ・・・・・・もはやビョーキ。
「読む」という行為は、献本や書評の依頼が絡んでいなきゃ、一銭の金にもなりゃしない。しかし、金になる可能性を秘めた書くという行為は、時と場合と名声に応じては金になる。しかし、書くという行為の精度を高めるためには、読むという無償の行為に従事しなければならない。結局、このワーカー・ホリック状態から抜け出せないっつうことだ。
一銭の金にもならないが、ある窮屈な世界において、ある種の名刺代わりになるような書き物を幾つか進めているワケで、「はいはい、暗い日曜日」とか言ってないで、とっとと進めなければならないと。
淡谷のり子「暗い日曜日」
Gloomy Sunday(原曲)×サイレント映画版『不思議の国のアリス』(1903)
テルミンによるgloomy Sundayと『アリス』(1903)のフルバージョン(8分)
青江三奈「伊勢佐木町ブルース」
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- 2009/07/12(日) 19:26:57|
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