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続・JUNK屋日誌

blogへのテラ・フォーミング(2005/12/17)。遂に時代の流れには逆らえづ、本サイトの日記のみをblogへ移行。

(書評)アラン・B・チネン『大人の心に効く童話セラピー』

アラン・B・チネン『大人の心に効く童話セラピー』

 おとぎ話の中に教訓譚や道徳教育といった側面が含まれていることを否定する人はいないだろう。実際、グリム兄弟がつむいできたグリム童話の多くには、女子に対する教育的要素やドイツナショナリズムを鼓舞する(グリム童話がつむがれた19世紀初頭という時代における、ドイツの状況を想起されたし)が見受けられる。
 
 童話が子どもにとって教育的である一方、ある種の童話は大人、とりわけ中年の生き方に対しても様々な知恵や教訓を与えてくれる可能性があるかもしれない。本書は、そういった観点から「中年童話」という言葉を用い、古今東西、様々な国のおとぎ話を紹介しながら、中年期に訪れる人生の危機(とりわけ男性の弱体化と女性から母親を経て、中年女になった女の強さ)に関する処方箋を提示する。
 
 本書はユング派の精神分析医アラン・B・チネンの『大人のための心理童話(上・下)[Once upon a Mid Life]』(1995)を再編したものである。著者が精神分析医ということもあり、ある程度はフロイトおよびユング派の専門用語が登場するが、おとぎばなしの多くはエディプス(もしくはエレクトラ)コンプレックスに溢れているため、たまたまの好奇心で本書を読み、不幸にも「エディプス・コンプレックス」という言葉を知ってしまったら、あなたの身の回りにある様々な文化が、いかに親殺しの欲望を内包しているかという点に気づくのも良いかもしれない。

 本書の内容は巷に溢れるハウトゥー本や、症例を紹介し、その筋の「専門家」がさも御神託のように解説を垂れ流すような体裁をとってはいるものの、イスラム圏や韓国のおとぎばなしという、私たち日本人が「おとぎばなし」と聞いて、すぐさま頭に思い浮かべる「お伽草紙」的な物語や、宮崎駿のアニメ作品に色濃く受け継がれた感もある、少年少女が困難に打ち勝ち成長する様を内包した「メルヒェン」とは異なった作品群に触れられることができるという点では、一読に値するかもしれない。
 
 もちろん、全体を読む中で巷に溢れる「その手の本」にありがちな、「専門家」の視点を通じて語られる楽観主義というか、「しょせんは他人事」というような姿勢を感じないわけではない。
しかしながら、著者のコメントは巷に溢れる同様の本よりは物語の水先案内人的な役割が強く、おとぎ話に関するコメントをつけながら、その解釈は読み手の人生という文脈にそった形で解釈されるべきだという余地を残しているようにも思えた。その点においては、私は本書に対する好感を覚えている。しかし、本書の中に癒しがあるとは思わない。これはただ単純に、私が癒されるべき中年に達する妙齢に達していないか、あるいは、同書の中で取り上げられる中年(その多くは妻に虐げられ、少年のような冒険心を失ったしまった哀れな男たち)にならないだろうと、(傲慢な思いこみであったとしても)確信しているためかもしれない。
 
 多くの人は、『大人の心に効く童話セラピー』という購買欲をそそる邦題と、ファンキーな表紙にひかれ、某氏の『小さいことにくよくよする!』や、また別某氏の『モテる技術』のように、本書に癒しの効果があることを期待して、本書を手に取るかもしれない。
しかし、前述したように、本書の中に癒しがある可能性は少ない。本書が提供するのは、男たちが虐げられ、中年女たちが男を手玉にとり、かつての男たちのようにめまぐるしい冒険に興じる挿話や寓話である。
 
 そういった挿話を通じて、中年男は改めて、女に押しつけられてきた「セクシュアルなもの」を卒業することによって力を持った中年女たちの前では、例え自分自身の下腹部にファロスが生えていようとも、もはやそれが見せかけだけの泌尿器に過ぎず、いかに自らが無力であるかを思い知らされるかもしれない。一方、中年女はサード・・・いや、フォース、フィフスとでもいえるようなステージに立ち、男たちのような冒険を力強く行える機会や力が、自らの中にあることを学ぶかもしれない。
 
 私自身は、ジェンダーの領域に両足を踏み入れているため、かつては男尊女卑であることが不文律とされてきた、男女間における力関係が「性(セックス)」を捨てること、つまり中年になることによって、その力関係が大きく変化するという点にばかり目がいってしまう。そのため、中年女性にとっては癒しになるような感想を抱いた。率直な感想をいえば、受動的な癒しを求める、疲れた中年男性よりは、苛立つ中年女性にこそ読んでもらいたい本だと感じている。
 
 では、本書は中年男性に相応しくないのかというと、そうでもない。かつては隆起するペニスのように力強かった自らが、年齢的にも、社会的にも、そして性的にも衰えることによって無力な存在になってしまったということを、「中年童話」を通じて教訓的に学び、新しいステージに進みたいと思う気があるならば、本書を手にしてみるのも良いかもしれない。
 
 そういえば、『デカメロン』を読んでいた際に、本書のキーワードになっている「中年童話」が頭をかすめることがあった。周知のように、『デカメロン』は当世の社会に対する痛烈な皮肉をこめた寓話を集めたものであるが、その登場人物の多くは「人妻」(どの女性も、総じて美貌と才気の持ち主である)なのだが、世渡りの逞しさや、機転の利かせ方は「中年童話」に登場する多くの女性たちに通ずるものがある。
 
 この書評を目にした皆さんには是非とも、ボッカチョの『デカメロン』(個人的には、読みやすさや『大人の心に効く童話セラピー』に収録された挿話との比較のし易さを考えて、阿刀田高の『花のデカメロン』を推したい)と『大人の心に効く童話セラピー』を併せて読んでいただきたいと思う。



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  1. 2008/09/23(火) 03:39:57|
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Author:JUNK
 いわゆるトコ、侍魂以降のテキスト系サイトとして惰性してから早4年(2005年当時)。日記部のみblogに移行しました。それまでの素性とか、堆積物は「サイト」の方を参照で。現在の方は「mixi」とか。

 飲んだ暮れ。夢想家。澁澤シンパとみせかけて種村派。専攻は一応、文化社会学とか言いたいんだけど、実際の専門的らしい専門はない(と思う)。

『家畜人ヤプー』、沼正三、女性のサディズムと父権制におけるマゾヒズム、少女のエロティシズム、アリスイメージの消費、ロリヰタファッション、ヘヴィメタル、サタニズム、オカルト、タロット、少女小説、テクスト論、表層的SM批判、ジェンダー論、クィアスタディーズ、なんかよくわかんないけど色々。

 文化批評系よろず同人誌「Kultur Trieb」主宰。執筆者、購読者募集中。HPとかはまだ作ってないので、詳しくはmixi内のコミュを参照。

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