バロウズの『裸のランチ』はやっぱりイメージの宝庫だわ。昨日しばらくぶりに読んでて脳髄に戦慄が走った。今日も読んでるヨ。あんまりアリス憑きすぎて、気づけば明日から6月だから、少し頭を切り替えなければと思うの、私。
昨日はなんだか、まだ若干黒かったころのマイコゥのライブ映像(もちろんビリー・じーん)観てたんだけど、やっぱり神すぎる。歩くだけでカッコいいと、もはや人間ではない。片手に白手袋はめて、帽子被って、バックを真っ暗にしてピンスポ当てた時のマイコゥが一番好きだな。
マイコゥFLASH三部作とか、ゲーム版のムーン・ウォーカーとかだらだら観てたせいで夢にマイコゥがでてきた。あとキャロルおじさんと、ゾンビ(これは絶対スリラーのせいかも)と、かなり長めで高い位置で結んだツインテールのメイドさん。
夢の中で、キャロルとマイコゥは非常によく似てるなと考えたよ。ペド的な意味じゃなくて、子供への共感とか、子供と接する限りにおいて、いちばん素直に自由に振る舞えるのでは、という辺りで。
マイコゥはディズニー版の『ピーターパン』よりも、J・M・バリーの原作の方が好きなんじゃないかなと思った。ちょうどジャッキー・ヴォルシュレガーの『不思議の国を作る』が、バリーの章の手前まで着てるから、マイコゥのことを念頭におきながら読んでみるかね(´・ω・)y-~~
スポンサーサイト
2009/05/31(日) 14:17:06 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
「少なくともジャネットの場合は、裸の写真を撮らせてくださいますよね。彼女の年頃なら、服装のことを気にするのではないかと勘ぐること自体がばかげていますから。」――ルイス・キャロル
「お願いですから――(あなたのためなのですよ!)少女の立ち姿を見せてほしい。ただし帽子も靴もなしで――(靴の踵は邪魔になりますから)。手袋も、そう、服もフリルもいりません。背がどれくらいなのか、それから、身体にどれだけ、丸みがあるのか、包み隠さず見せてください。願いをかなえてくださればうれしく思います。これは、あなたの――そしてわたしの――ためになることなのですよ。」――キャロルの盟友ジョン・ラスキン、子供絵の画家グリーナウェイに宛てて。
まったく! これだからヴィクトリアンなヤツラはどいつもこいつも(´・ω・)y-~~
近年、変態評論家として認知されてるJUNKさんだが、コリン・ウィルソンと同じく性科学者になりたかったんじゃないかなと思うんだけど、最近の読書や関心の傾向を考えると19世紀のイギリス児童文学者にもなりたかったんじゃないかとも思った。
性科学にせよ、ヴィクトリア朝の児童文学にせよ、結局のトコは「性」、「文化」、「逸脱」、「夢」、ついでに「猟奇」が共通するテーマである。つまり、それらは自分にとって、生涯を懸けるべきテーマであるということか→結局、コリン・ウィルソンじゃん。
ヴィクトリア朝の児童文学は、子供に対する共感の姿勢を産み出したとよく言われるが、これ結局は楳図かずおだよね。『わたしは真悟』は、大人の世界対子供の世界ともいうべき部分あるし。楳図作品は乙女な児童文学ッ!
死ぬまでには私家版として、アリスの翻訳やってみたいよなとか、最近つと思う。あと、人を分析する際には、対話の中で出てくる、過去の様々な挿話を点として設定し、特にフックになるであろう点と点を線で結ぶカタチで現在を分析しようとするクセが出てきたように思える。
そこでなあ、タロットがあると、より深く点と点の間にある不可視の領域を幻視することができるんだよなあとも思った。やはり、21世紀のダンディーは本や辞書だけではなく、常にタロットカードを携帯しておくべきだと思う。
2009/05/29(金) 19:20:59 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
『不思議の国のアリス』に対する日本からの返答は『不思議なメルモ』と『家畜人ヤプー』だよな。異論は認めないこともないけど、きちんと両者を< 読んでない>ということが露呈するので、趣味は読書ですとか面接で言っちゃって、好きな作家は「夏目漱石とシェイクスピアです」とか並べることに気を付けるくらい、注意すべき。
JUNKさんはアラン・シリトー、アンリ・バルデュス、コリン・ウィルソン、ルイス・キャロル、天野哲夫、夢野久作、嶽本野ばらあたりが好きだな。
ヤヤヤ、まあブンガクの話はおいておいて、月末までにアリスのイメェヂについて講釈を垂らす予定がアルトー。なもんだから、ヤーダー(Ja!Da!)という調子で余のアリス憑きをアオフヘーベンできないという調子。
いやしかしね、日本に初めて入ってきたアリスは『鏡の国』の翻案・抄訳による紹介というのはなかなかオモシロイ話で、しかも掲載されたのは少年向けの童話雑誌というのも興味深い。
タイトルは「鏡世界―西洋お伽話」。アリスの名は美ィちゃんで、トウィードルディ&トウィードルダムは太朗吉と次郎吉とかwwwんで、日本初の不思議の国完訳(馴染みのない西洋文化はある程度日本的に翻案されてる)『愛ちゃんの夢物語』になると、やっと「アリス然」とした言葉遊びも再現されると。他の邦題では『不思議國めぐり』、『ふしぎなお庭 まりちゃんの夢の國旅行』、『繪入全譚 お輾婆アリスの夢』とかいいね。
いづれは明治・大正辺りのアリスを蒐集してみたいものよう(´・ω・)y-~~ 初めて坪内訳の『マクベス』読んだ時も、古風な訳語が、しつようにミスマッチなキャンプ風なものに感じ、かなりの衝撃を受けたっけなあ。
借用猟
ジャッキー・ヴォルシュレガー『不思議の国を作る』
楠本君恵『翻訳の国の「アリス」』
ジョン・パドニー『アリスのいる風景 写真でみるキャロル伝』
E.フッサール『幾何学の起源』
アントナン・アルトー『ヘリオガルバスまたは戴冠せるアナーキスト』
2009/05/27(水) 16:56:56 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
昨晩→アリス関連の原稿書いてたら、シュヴァンクマイエルの『アリス』見たくなり、見ていたら20分くらい残して寝落ちしてしまった→計ったように夢でアリス憑き。
そんなもんだよね。そこに無意識的な突飛性はないんだけど、現実は、ひたすらにアリス憑きということを反映しているに過ぎないんだな。年内には書き上げるよ、対話的小説めいたアリスコメディ。
あと、今日は知り合いのクィアめいた誕生日パァティで、女装っつうか、女形っつうか、トランス・ヴェスタイト(異性装)してきた。コーデ&メイクby水嶋かおりん@性戯の味方。
背中パックリ空きドレス着たわけだが、ズボンから解放されて、しかも浴衣のような男性にも開かれた衣服ではなく、夜会ドレスのような、脚を組にもたるんだ裾を引っ張り上げなきゃいかん服なせいか、執拗に、衣服に相応しいエレガントな立ち振舞いを無意識に追求していた俺がいた。脚の組み方然り、タバコの吸い方然り。
ズボンから解放されたとたん、なんか無意識に内股になっちゃうし、動作も女性的になるよね、みたいな話をしたら「女の衣服を着ることで、脳が女性化されたんじゃない?」なんて返事もらってユリーカ!
身にまとう衣装によって、脳が無意識的に、男/女らしい行動を取らせる(もちろん、その「らしさ」の部分は、時代や社会によって如何様にも変わりうるものだけど)可能性はあるように思えてきた。なんでニューハーフや女装子がクネクネするかって?そりゃ、疑問を持つヤツが実際に女装してみりゃ純粋解答が出るって話だなwww
今日は早々会場入りして、主賓兼幹事兼女装プロデューサーな水嶋かおりんにメイキャップしてもらい、乾杯前にはドレス着てMs.JUNK aber Frau JUNKとして場にいたんで、撤収間際、メイク落として、アイアンメイデンのTシャツに黒上着に戻った瞬間、乾杯以降に着た人には「ええ!?」なんて顔をされまくったね。
しかしメイクはやはり魔法すぎる。久々に自分の面が、なかなか良いじゃん(特に眼)とか思った。ただし、目元を強調し、奥二重を二重にし、パフや口紅によって構成された、けっして派手すぎないが、女らしいよりは、ややドラァグ的な(文字通りソフトV系)な感じのメイクに仕上がったからこそだが。
や、なかなかね、無駄に垂らした前髪や、「金田一少年」みたいと言われる、結わいた襟足が、無駄に鋭い目元と混じりあって、なかなか良い感じになって、中性的な雰囲気を出してたね。顔アップは相変わらずひどい写真写りで、お見せできるモンがなかったから、またメイクしてトランスする時に、良いのが撮れたらのせるよ。
いつもこの顔が鏡に映れば良いのにとか、少し思ってしまう。メイクとか、最近はめっきりそうされることが少ないけど、知り合いに弄られがてらにメイクを施される他は、メイクをする機会なんて、ほとんどないんだよね。昔、劇団に通っていた頃は、よくドウランとかを塗ったりしていたが。まぁ、今後のためを考えて、少し有事の際に際立つようなメイクのやり方を学ぶかね。長い人生、たまには女形のひとつでもやってみるのが良いワケじゃない。チャレンジだよ、何事も。
2009/05/24(日) 01:23:33 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
ここんとこはコリン・ウィルソン憑き。『性のアウトサイダー』、『性衝動の起源』、『ユング 地下の大王』と立て続けに乱読してるワケだが、毎回バルデュスの『地獄』、ドストエフスキーの『悪霊』、ナボコフの『ロリータ』辺りが出てくるよね。
あと、実は俺もコリン・ウィルソンと同様、性科学者になりたかったんじゃないかと、ふと思ってきた。とはいえ百科趣味ではなく猟奇的趣味の感が強い辺り、ウィルソンと俺の差異。
あと、フロイトは覗き見趣味のムッツリスケベだが、権威や道徳には敏感な中年おやじで、ユングはゲーテが若返ったファウストに自己の理想像を投影したような、ロマンと肉体の冒険者のように感じたな。ウィルソンのユング論を読んでると。
バルデュスの『地獄』の前半部、覗き穴 から性的興奮のみを受けとってきた主人公の姿はフロイトで、中~後半部、性と共に愛や恋、死、命の誕生など、広く文脈での人間に対する賛歌を受け取ってきたのが、フロイトとの別離を思考氏始めた頃のユングだな、とも感じた。『地獄』とフロイトについては、いずれ何処かの媒体で書こうと思う。
あと今日の昼間は仕事の企画案を送るんで、1時間ほどのつもりでマン喫(今週から使い始めたんだけど、 Gmailって便利だね! 携帯からでも見れるし)行って、作業が早めに終わったんで、週末にある知的なサバトの種本になってる、山下和美の『不思議な少年』読んでたんだけど、アレはヤバイ。1巻のエミリーとシャーロット(嵐が丘くる!?とか思い違い)の話や、2巻のソクラテス(髭モジャなキューピーみたいなソクラテスの顔があんまりすぎるwww)がツボ過ぎて、出ないと移動先に間に合わない時間ギリギリまで読んでしまった。
んで帰りがけに渉猟。読んだばっかなのに『不思議な少年』買ってきちゃったよ。あと文庫版『漂流教室』の6巻も手に入れた→これでうちにあるのは2巻と6巻だけというセツナさ! いやしかし、ロケットの着陸~ラストまではやばすぎる。地元の喫煙所で読みながらしばらく目頭に熱いものが(´;ω;`)『わたしは慎吾』で、モンローが悟にマリンの伝言を伝えにいくトコでも号泣したわけだが、最近なんだか涙モロイと思うの、私。
山下和美『不思議な少年』1巻
楳図かずお『漂流教室』6巻
荷宮和子『キャラクターバカ一代』
『世にも奇妙な本 世にも奇妙な物語1990-2000』
2009/05/22(金) 23:12:23 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
ちょっと色々と忙しくなるというか、進行度の予定表代わりに、今色々と執筆したり計画したりしているものを、思い出せる限り、メモ程度に載せておく。半ば私的なモンなんだけど、読み書きについては普段から非常に移り気で、平行世界世界が同時進行的に移り気だから、レスでもメッセでも「この件については、その後どうよ?」とか突っついてもらえれば、多少なりとも執筆についてのモチベーションがあがると思うんだ。
主催の文藝同人誌Kluture Triebの編集状況についても然り。特に明記はしてないけど、同誌用に書いている原稿もリストの中に混じっている罠。来年あたりには、文学フリマに出します。執筆者が揃えばだけど。もしくは、増刊扱いで、個人評論集を出すかも。
・「フェティシズムと身体拡張」〔仮題〕
元々は、ギャグとかラバーとかについて書いていたんだけど、本格的なフェティシズム論になってきて、身体拡張なんてつまんない話題よりも、フェティシズムの機能性と歴史、概念的誤解ついて、シャルル・ド・ブロス辺りから省みるでかいヤツになりそう。
・「『アリス』のイメージ」(仮題)
ヴィクトリア時代に好評を博した、テニエルが描いた<アリスの挿絵>。現代のロリータ・シーンで相変わらず(remains)愛好されている、「テニエルの」アリス。ついでに、ヴィクトリア朝を代表する子供服のデザインともいうべきグリーナウェイ・スタイルと、テニスンが描いたアリス(エプロンドレスに空色のワンピースやシマシマのニーソックス)が、消費され、キャロルの姿が霧散してしまっているかという点について、野ばらちゃんの辛口エッセイ辺りを参照して書こうかと思ってるんだけど、イマントコは、知識不足感があって、具体的にナニを書くかという構想は、形を成していない。
・「フランケンシュタインとその眷属たち」
アンドロイド論。扱うのは、プロトタイプ(フランケンシュタインの怪物)、1.5世代(ディック親父の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。特に、邦訳ではレプリがムンクの「思春期」に愛着を示す場面があるが、あれは邦題自体が誤読―忠実な意味は「初潮」―だから、そこら辺りを中心に批判)、第二世代(いまやメタルギア・ソリッドで世界のコジマとなった小島秀雄の神作であり、俺のHNのルーツが含まれる『スナッチャー』に登場する、人間とすり替わるアンド/バイオロイド、「スナッチャー」)、そしてジャパニメーションの先鞭を叩いた第三世代たる『アミテージ・ザ・サード』の、妊娠するアンドロイド―この辺り、『アンドロ羊』とムンクの「初潮」に繋がる―「サード」までを大河ドラマ的に論じたヤツ。「スナッチャー」の辺りまでは書いたんだけど、私物でもってるDVD版の『アミテージ・ザ・サード』(原案は『陰州魔州を覆う影』や『Serial experiments lain』や『ファンダメンタル・ホラー宣言』とかで御馴染みの、小中千秋なんだぜ!)を見返す時間が無いし、もっとディック親父を読まなきゃ、という調子なんだよね。
・「アリスについてのあるコメディーエ」(仮題)
これについてはね、うん。あまり語れないの、私。内容は精神分析&薬物治療(特にリタリン)に対する徹底的な批判と、薄っぺらいアリス主義者に対する徹底した啓蒙を問いかける野ばらちゃん的な乙女かつ、ドグラ・マグラかつ、野ばらちゃんの『変身』のようなメタメタ小説なんだけど、後述する「沼正三」論の初期的執筆時期が平行していて、作家としての素性を隠すことにたいするオモシロサを感じていて、いつ完成するかワカラナイ、一大アフォーダンス(元々の原案は、ケータイ小説に触発されて、アリスをテーマにして書いた不条理メンタル短編集)が完成した際には、乙女な感じの偽名で発表するので (勿論mixiに推移は書かない)、どこかで変なアリスに出会ったら、この日記のことを思い出してくださいな。
一部の挿話は実際に見聞きしたもの。「メンタル・ホイホイ」のあだ名は伊達じゃない! とはいえ、メンタルなみんなの、社会、医療への批判や親に対する愛憎のお陰で、作品のリアリティ→泥酔気味の頭で、携帯ショーセツとして草稿を書いて、モ○ゲにぶちあげていたんだけど、「自分で書いたとは思えない」感じがあった。荒いんだけど、生々しいの。ああ、家にDVD-BOXもあることだし、全体的にリファインする前に『GO! GO! HEAVEN 自決少女隊』を全話見直しておくかとか思う。
物語の結末はほぼ固まってるんだけどさ、草稿に殴り書きしておいた「アリスたち」の物語をどの程度まで膨らませていくかが、最大の問題点。なんせ、読むもの読むものに登場する舞台装置やモチーフ、ドゥルーズ的な「器官なき身体」のように接続されていくから。まぁ、根っこの部分はヨースタン・イゴルデの『ソフィーの世界』、ドゥルーズ・ガタリの『アンチ・オイディプス』、野ばらちゃんの『下妻物語』&『ハピネス』、夢野久作の『ドグラ・マグラ』、清水マリコの『バロック・シンドローム』(『バロック・ワールド・ガイダンス』所収→サタマガの連載を毎回切り抜いていた俺の苦労は!?)辺りなんだよね。作者自身、始点と終点が決まっている物語の中にある、幾つかの挿話がどこにいくかワカラナイから困ってる。まぁ、アリス憑きが酷すぎて、日常生活に異常をきたすころになったら、一気に中間の挿話に着手すると思う。
・「沼正三論」
『家畜人ヤプー』の作者にして、謎の作家「沼正三」。その足取りを追う! というつもりはなく、基本は、沼正三の代理人にして、「二代目」沼正三たる、碩学のマゾヒスト、故・天野哲夫論。基本は天野の足取り(底本は文庫版では沼正三名義になってる『禁じられた青春』)を追いながら、沼正三というスタンド・アローン・コンプレックスと『ヤプー』のルーツに迫っていく感じ。「ヤプーの館」、「出版記念パーティー」、「完結記念パーティー」、ついでに矢川澄子、遠藤周作、康芳夫、嵐山光三郎、倉橋由美子(特に『アマノン国往環記』)、スウィフト、チャペック辺りが出てきて、云々しちゃう、パラノイアが書いた一大叙事詩になる感じ。如何せん、資料の集まりが悪くて、執筆難航中→あと何冊、幻舎社の文庫版『家畜人ヤプー』以外の『家畜人ヤプー』を集めればいいのだろうか。
・「再考テキストサイト」
2001年の侍魂&先行者ブーム~2003年に、ブログに取って代わられる形で収束した「テキストサイト・ブーム」についての論考。驚くほどに平成バンドブームと似ている点が多いんだよね。最近はめっきり更新していない(内容はmixiのコピペだが)で書いてた、当時を振り替えるコラム的な内容を、純然たる大河読み物および評論にしたモノ。「残鉄剣」~「ちゆ12歳」~「侍魂」~「俺史」~「女帝」~「脳死レンジャー」~「ダークマター」~「テキッ娘。」~「敵ッ娘。」辺りかな、主に扱うのは。まぁ、昔は「敵ッ娘。」で活動してた身としては、当時を振り返って、ふぞろいの林檎的な云々も書いているんだけど、VNIについて、「DK96」やギブスンの『あいどる』を絡めた、かなり本格的な部分を書いてはいたんだ→USBメモリのデータを紛失し、『あいどる』をまた再読とるなら『ヴァーチャル・ライト』を読んだり、『ニューロマンサー』を読むYo! っつう感じで、凍結したまま現在に至る→今日は今日で酒の見ながら、オーウェルの『1984』を読んでいたしな。
この他にもまだ、凍結気味なのが色々あるんだけど、まあ酒の席をご一緒した際、「アレはその後どうよ?」とハッパをかけて貰えればとう調子。生来の濫読癖で、追い詰められないと、ナニかものを書くには、ある程度書く内容に関連した知識を蓄えて、放射能漏れしちゃぅくらいまで詰め込まないと「やる気」が起きないんだ、自発的に。「やる気」を起こしている最中も、濫読癖が祟って、未来のテーマについての準備を始めて、関わっていたモノに関する熱意を忘れてしまう(金銭とか〆切が関係ないから余計に)あたりを直さないと、とか思う。
2009/05/20(水) 02:19:02 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
まだまだアリスすぎてヤバイ。俺はもうだめかもしれんね(´・ω・)y-~~ しかしテニエル主義者がなんといおうとも、キャロルおじさんが撮影した中国服のアリス・リデルが最強だと思う。
んで、最近教えられた
Gothic Lorita PUNK っつう本のの巻末用語集の一項目を粗訳してみた。なかなか楽しくて読みやすい本だし8割はオールカラーだからみんなも買うように! 以下なRL。発売日が来月になってるけど、普通に届くみたい(俺がモノを見てるし)。あとペーパーバックとか書いてあるけど、アレはパチだよ。前に
J-Rock Groupies なる、「痛いバンギャちゃん100人大行進!」みたいな本買った際も、全然ペーパーバックじゃなかったし。
http://www.amazon.co.jp/Gothic-Lolita-Punk-Hottest-Japanese/dp/0061149950/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1239276487&sr=8-2
以下、訳の一部を、文章見直しも兼ねて、備事録代わり引用しておきますね。
アリスのモチーフ 「トランプ遊び、アリス、白ウサギ、3月ウサギ、時計、さらに飛び散るカードといとたモチーフは『不思議の国のアリス』に由来すると考えがちである。だが、これらはロリータ服ではありふれたモチーフであり、時代が変わっても大きな人気を集めるモチーフでもある。」
あくまでもキャロルの本文ではなく、テニエルが形にしたイラスト世界のモチーフってあたりがミソだよね。19世紀後半のイギリスと21世紀の日本でもそれは変わらない。
ゴシック&ロリータ 「日本のサブカルチャーのひとつであり、一般的には『ゴスロリ』と呼ばれている。とはいえ一部のファン文化(fandom)ではゴスロリという言葉を良く思わないことがある。ゴシックロ・リータはガーリッシュなロリータ・ファッションと同じく、18世紀のロココ・ゴシックや廃墟、神秘性、オカルト、グロテスク、そしてビザールに代表される19世紀のヴィクトリア朝的ロマン主義や、フランスの世紀末(French fin de siecle)、19世紀のデカダンス運動、耽美主義、退廃、そして古典主義を組み合わせたファッションである。」
もう少し具体例が欲しいトコロ。wili的知識で満足してたらイカンのですよ。基本はdoxaな批判精神ですよ。
萌え記号(萌える象徴)としてのゴシック・ロリータ 「萌え記号としてのゴシック・ロリータは黒と白の衣服に付随するフリルやレースが、ただ単純に誤解されたものであったり、ゴシック・ロリータとメイド服との間にある違いを知らない人たちによるコスプレ遊び(コスチューム・プレイ)によって誤読されたものである。この勘違いはマンガ(日本のコミックス)、アニメ、ライトノベル、さらには男性誌においても良く見られるものであり、そういった誤読や勘違いはゴシック・ロリータに心底熱中する人たちによって失笑されている。」
これはかなりオモシロイよね。ゴスロリ=邪気眼な厨二設定にもっていきたがるラノベをdoxaで読むべきだ! Moe signを「萌える」に訳すか「萌えさせる」にするかでスゴい迷った。
ロリータ・ファッション 「日本でうまれたファッション・タイプのひとつ。ロリータ・ファッションは、少女の精神性を失ってしまった女の子によって支えられた、キュートであり、ピュアでもあり、さらには少女性を示すような無邪気な乙女という、古典的かつ想像的(conceptual)なイメージを強調する衣服を参照している。」
最後のくだり、訳し方がちょっと苦しいんだよね。しかしこれも、些か具体例に欠けるというか、wiki的な知識な感じがするんだよね。ここで、いつだかの日記に書いた『アリスの服が着たい』に詳細が書いてある、ヴィクトリア朝の児童文学と子供服の誕生に関する知識が必要になる。ここでグリーナウェイ・スタイルとか書いてあったら、用語集の価値があがるのにね。
ロリータ・ファッションのモチーフ 「モチーフのテーマは様々で、王冠、ティアラ、十字形、リボン、サクランボ、ストロベリィその他のフルーツ・パターンに加え、天使、妖精、王女様、女王、バレリーナ、ウサギ、ネコ、プードル、スウィーツなどが含まれている。さらに『マザーグース』や『不思議の国のアリス』に由来するような、児童向けの本のとても可愛らしいモチーフもテーマとして好まれている。」
女王には「様」をつけない辺り、俺の乙女チック・ジャスティスが炸裂する。しかし、プードルとさらっと書かず、なぜプードルが想像的な乙女像に好まれるモチーフになるのかという点を掘り下げてほしいよね。元々は狩猟犬だしな、アレ。
2009/05/18(月) 18:23:44 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
またアリスですか。なんだかんだ、やっぱりアリスですよ。「創作者たるもの、一度はアリスに関わる創作をせざるを得ない」というのは、弟子から伝聞したことだが、ブルトン先生が澁澤御代の訳を借りて言ってるかもしんない。そして、そこにはテニエルの姿はない。
今日は舟崎克彦(文)、山口高志(写真)、笠井勝子(監修)の『不思議の国のアリス ルイス・キャロルとふたりのアリス』と、コリン・ウィルソン『性のアウトサイダー』、あとキャロルの『シルビィーとヴルーノ』を借りてきた。
話は久々にロリィタに飛ぶが、野ばらちゃんのエッセイ(『カフェー』ではないし、家の蔵書漁ればどれかわかるけど、まだ帰宅中だし、「たかだか、そんな記述を実証するために、貴重な時間を惜しむ気はない」っつう話だ、金が発生する文章ならまだしも)で、ロリィタにおける「アリス人気」について発言した箇所があった。
内容は、多くのロリィタは「アリス」を愛するし、アリス的な服装や小物は数多にあるが、それらはテニスンによる挿画に表れた「アリスの装い」であって、キャロルが文章で描いたアリスではない的な話。かなりうろ覚え。
ここで、鬼の首を屠ったように、「『アリス』好きとかいっといて、『アリス』読んでないんじゃん」とか自己の高尚性をアピールする奴は逝ってよし→そんなやつらは、『アリス』が出た19世紀に、キャロルの文なんか見向きもされず、テニスンが書いた40数枚の挿絵ばかりがもてはやされた経緯を知らんのだよ→ にわか乙www(^^)と言ってよろしい。
知らん知識はみんな知らんのだ。それに対して低高な価値をつけ、身勝手な優越感に浸るヤツは氏ね的な話なんだが、知らないことに気づかないヤツも、それはそれで問題なワケた。今じゃwikiでいくらでも情報はある(かなり眉唾も多いし、wiki 経由の知識で説明されてもavax臭いっつうか、実体験に則した生々しさがなくて、説明される対象を良く知ってる側からすると、茶番劇にしか思えない)。
問題は何かっつうと、自分の耳と目で見聞した情報や体験を生かさないということ。そして好奇心や疑いを持たないということだ。
アリスといえば、例のエプロンドレスの少女が浮かぶワケだが、どこでそのアリスのイメージを見たか、ドジスンっていうかキャロルおじさんがアリスの服装について(ハイヒールは嫌いだとか、注文はつけてたが)細かな注文を出していたか? つう話に、答えられる必要はないんだけどさ、知らないことを知るのが大事なんだよ。
なんでイノワのJSKにはプードル柄が多いのかな? とか、BABYのトートバッグやワンピ、その他各種メゾンではアリスのプリントが使われるけど、なんでなんだろう? たまにはそう思って良いじゃん?
諸君らのアリスを疑え! 諸君らの一方的で石頭なゴシック像を疑え! 諸君らの固定観念を疑え! この世はマトリックスか?それともメディアと言うなのワイズマンに飼い慣らされた世界か?→そんな問答はどうでも良い→疑問を持ったヤツ、もっと知りたいヤツは自分の足と目調べろ!→質問があれば水先は案内するが、好奇心のないヤツはどうでも良い→とりあえず酒飲ませてオモシロイ話や、興味深い禅問答でもしてくれよ。
2009/05/15(金) 00:03:35 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
なんかまたワサワサ借用渉猟。なんか憑かれてるな。なにを今さらwwwビョーキですよ、ビョーキwwwwひとまず金曜に間に合わせのメガネ買い直す。コンタクトの処方箋もらいに眼科もいかなあ、とか考える。
JUNKさんは近視だから、裸眼でも日常生活に支障はないんだが、如何せん、横文字を読み書きしようとすると、支障が(´・ω・`)。週末には格安ガレージセールで取り置きしてもらってる、ニーチェの英訳や、毛唐から見た大日本帝国に関する本が、わさわさ蔵書入りするしな。
んで、今日は松本清張の『日本の黒い霧』他をわんさか借りてきたワケなんだ。上巻の最初が、旧国鉄の下川事件(今年の7月で60週年)で参った。そりゃあ、出向先の溜まり場で飲んでて、韓国人と手塚治談義をして、『奇子』で盛り上がってた際、「キミ、読書人なら松本清張を読まなきゃイカンよ(´・ω・)y-~~」と、牢名主が仰るワケだ。
地下に閉じ込められた少女や『変態村』ともいうべき、村社会の閉鎖された猟奇趣味じみた狂喜に焦点があたりがちだが、『奇子』のもうひとつの物語軸は戦後の占領体制、アカ狩り、労組絡みだからのう。そして、物語の核のひとつを成すのが下川事件であると。
そして今しがた、行きの電車で『ルイス・キャロル』物語を読み終わり、やはり『シルビィーとヴルーノ』を借りてこなければ! と思っていたことをスカポンタンに忘れていたことに気づく。でもぼかあ、『不思議の国のアリス』より『鏡の国のアリス』の方が好きなんだな。
高山宏『アリス狩り』
松本清張『日本の黒い霧』(上・下)
ジョン・タバク『幾何学』
風間賢二『ジャンク・フィクション・ワールド』
アントナン・アルトー『演劇とその分身』
高橋巖『ディオニュソスの美学』
吉田洋一『零の発見』
2009/05/13(水) 22:37:27 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
蒸し熱い→早めに寝ようと思いつつ、色々と作業してたらまたこんな時間ですか。アリス憑きですよ(´・ω・`)。フロイト憑きが少し収まったし思ったら、またアリス憑きですよ。今日は、夢でアリス的なモチーフだけじゃなくて、「家畜人ヤプー」的なモチーフも見たんだ。3日前ほどに、楳図センセの「おろち」の3巻、しかも秋田書店版と共に、石ノ森監修版の劇画「家畜人ヤプー」第3巻を手に入れてきた関係だろうと思う。「ヤプー」も極めて「アリス」的な話し出しさ、手塚治虫の「ふしぎなメルモ」も極めて「アリス」的な話だよな→「リボンの騎士」、「ふしぎなメルモ」、「奇子」(今貸し出し中)という並びで、手塚マンガが本棚に並ぶ光景を見ると、極めてアレな感じがする。その隣にはモチロン「富江」(同じく人手に貸し出し中)を並べておきたい。
まぁねここんとこ、極めて文語体めいた文章ばかりを書いているので(世に発表していないのも含め)、たまには口語体というか、前々回の日記に書いた橋本治的な悪ノリまではいかないけど、もうすこし軽いテーマについて、軽く書いてみようかなぁと思って、構想だけは少し固まった。日中。
「それいゆ」から「それいぬ」への転換があったのだから、「それいね」とか「それいの」とかいう感じの題で、イカにして奥行きのない、東浩樹的にいえば動物化したポスト・ゴシック・モダン趣味から逃走し、TH叢書のゴシック特集の中にあった「アキバ的・ゴシック」からも逃走し、
豊かな感性を育てられるかについて、「アリス」を読まず、テニエルの描いた挿絵でしか認識していないお嬢様方にも、いかにアリスやヴィクトリア朝時代の子供服やグリーナウェイ・スタイルにまなざしを送って貰えるか→つまりは、ケータイを持ったサルの如く、ヴィトンやシャネルのアイテムを下げた連中に、アイテムの向こうにヴィトンのトランクやココ・シャネルの勇ましいポートレイトを想像して頂きたいというような説教染みたモンでもなくて、気が向いたら、自分たちの足下にある地層にも、目を向けてくれたら良いな-KISSハート的な感じに書こうとは思ってるんだよね。
日本のマンガやアニメを愛好する海外の「オタク」たちの、熱心な探求心を見ると、ついつい羨ましくなってしまうんだけど、知ってる&調べてる/知らない&気にしないのどっちが良いか悪いかみたいな、19世紀ロマン派音楽時代のヴィルトゥオーソ批判のような話をまた蒸し返すわけでもないワケよ。例えば、何気なく着てるファッション、もしくは何気なく口にしてるブランド名にどれだけルーツや元ネタがあるか、さらにはそれらの元ネタが、当時から現在に至るまで、どのように語られ、考えられてきたかを探求するような度に出て貰えたらイイヨね的な、すごいポップな感じのヤツを書こうと思う。どっかで→でも、多分、俺と飲んでる人なら「またコイツ、こないだみたいなこと言ってるぜ(プゲラ)」と思う感じのヤツ。
松本清張の『点と線』に続いて、けっこう読みかけてたタムシン・バートンの『古代占星術』か゜読み終わったんで、ロジャー・ランスリン・グリーンの『ルイス・キャロル物語』を開いた。またアリス憑きか!
A boat, beneath a sunny sky
Lingering onward dreamily
In an evening of July――
Children three that nestle near,
Eager eye and willing ear...
by ChArls r. dodgeson a.k.a. LEwIs CArroll
2009/05/13(水) 02:23:41 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
And now...無意味な日記タイトルを捻り出すのも無意味な一苦労だぜ(´・ω・)y-~ とか自省することもまた無意味なことだと考えることもさらに無意味なことであると考えることがことさらに無意味でspam spam smam spam! 連日モンティ・パイソン漬けで、ぼくの脳髄もフライングサーカスです。
夢→また悪夢→スゴイ・ヴァイオレンスなんだけど、セックスがないから極めてアメリカナイズされた清教徒的ヴァイオレンスだ。こんなんじゃ永井豪にはほど遠いぜ。
朝→豪雨な雷雨のせいで、11時くらいまで二度寝を強いられる。置き忘れたメガネも相変わらずでてきやしない。まあ、近眼だし、横文字読んだり、辞書引いたりする際以外には今んトコ不都合はない。紛失したのも、間に合わせで買ったヤツだしな。15日くらいには、またその場凌ぎ用のをひとつ買う。ついでにコンタクトの導入も考えるか...And now.
講釈垂れるため、来週までに『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を読んでおくように指令を受けるが、ラノベとか中学以来だな。さらにまだ手にいれてない。ブクオフにあるかしら。松本清張も集めなければイケナイのにと云々→そういや『阿修羅ガール』とか三島の『禁色』とか、小説積読が大量にあったことを今思い出す/(^O^)\
それでも、さらに積読は増えるよいつまでも。以下昨日の借用渉猟。
ピーター・ブルック『なにもない空間』
W・R・ビオン『再考:精神病の精神分析論』
R・ランスリン・グリーン『ルイス・キャロル物語』
ハヴロック・エリス『愛と苦痛』
2009/05/08(金) 15:46:22 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
こないだ、携帯でマゾッホとサドと打とうとしたら、「サドッホとサド」とか打ってて、本気で焦ったことを思い出す→ドゥルーズの『マゾッホとサド』を読みかけていたことに気づいて、他の数冊と共に鞄に放り込んで街へ出てきた。
強制的な大型連休がやっと終わった→自由万歳\(^O^)/。 また今日も見た、悪夢を。疲れてるのか、連休は毎日のように見てた気がする。今日は侵略モノ。場面は観光地から帰宅のバス内で、バス後方に奇妙な落下物が落ちて爆発。海岸から工作員がワラワラ這い上がってきて、なんだか戦争/(^O^)\ハジマタ。地元に逃げ帰るも町は平穏。各地がどういう状況か調べるために、携帯から2ch見るも全ての鯖が落ちてる→\(^O^)/ライフライン、オワタ。
だんだん町中がパニックになり、一先ず混乱気味なスーパーで水と非常食を買う→舞台はなぜか秋葉の旧ハイテクセガの前に移る。ビルの谷間から超巨大戦艦(飛行ではなく浮遊してるあたり、極めて秋葉的な感じ)が姿を現し、旋回してビルの向こうへ消えていく。それまではずっと、北の将軍が攻めてきたのかと思ったが、浮遊する戦艦を見て、宇宙ヤバイ侵略者によるインヴェィジョンだと思って、慄然たる恐怖に襲われた。
そんな最中、まわりの人が口々に「革命だ!」とか、「いや、アレはクーデターだ!」とか叫び始める中、うなされて起きた。
2009/05/07(木) 12:10:22 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
やっと大型連休が終わる。新年度のエンジンがかかってきた調子に、いきなり大型連休だよ、そりゃ5月病にもなるさ。特に教育関連に従事して、しかもコマ当たりで食いぶち貰ってる人種にとっては、干されてるとしかいえないッ!(´・ω・)y-~~
無限地獄のようなGWはただひたすら鬱々してた感じ→まあ、読むモンは読んで、観るモンは観て、書き進めるモンは多少書き進めはしたが、腐ってたな、うん。
アリスとフロイトとロリィタファッションとサタンと魔女と、あとサド公について、ただ云々カンヌンっ思索を巡らしながら、モノスンゴイ・ユリーカはなかったんだけど、ソレナリニ・ユリーカは幾つかあった→中庸。
あと、新しいタロットデッキが欲しいんだけど、「ゴシックタロット」と「ホワイトキャット」でスゴい迷ってる。前者はイカにもそれ系な、耽美というよりは怪奇に近い感じで、後者は擬人化(○○たん系ではない)された白猫が、タロットの人物の構図を再現してるヤツ。
それなりに修練積んだら、被占断者によってデッキを使い分けたいので、いずれはどちらも買うんだ。スタンダードなマルセイユ版共々。前者のうちどちらを先に買うか、それが問題だ(´・ω・)y-~~
2009/05/06(水) 10:58:28 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
ますます変態研究家・猟奇渉猟家として、JUNKさんのイメージが一人歩きしていく昨今、飲んだくれて猟奇溢れるキッカイな話をするけど、ヴァイオリンを弾くし、愛読書の中には『鏡の国のアリス』と『星の王子さま』なんかもあるという話をすると、「ウッソー」という顔をされるのだが(´・ω・)y-~~ 一方、ギターを弾くということに対しては、眼前のキャラクター・イメージとのズレは少ないらしい。
猟奇趣味でサタニストで、オカルトにはなんでも飛びついて、窒息愛好家や頭蓋貫通愛好家について嬉々として語ったりするけど、根っこはキャロルおじさんやゲーテ翁みたいな乙女なんだぜ、JUNKさん。今日は悪夢にうなされ続けて参った。二度寝する度する度、ショートフィルム的な悪夢にうなされ、悪夢について散文的な叙述が自動筆記的に繰り返される。
悪夢にうなされる「私」が、その光景を活字として記述し続ける「私の脳髄」のルナティックな行為を観察しながら、さらにうなされる。
大型連休が永劫(AEON)のように感じ始めてきて、イヨイヨなんだか不安が生じ始めてきたか。乙女的に→起きて90分くらい長風呂してしまい、3割ほど読んであったバクシーン山下の『セックス障害者たち』が読み終わってしまった。
今日は原稿にさっさと手を入れて、蔵書の整理でも云々→放置気味な乙女的な原稿も、とっとと書き進めないとねとか思いながら、ミシュレの『魔女』と、一章読み残した平倫子の『ルイス・キャロルの図像学』を抱えて喫茶店にきた→帰宅する頃には『魔女』が8割方読み終わってしまい、今日中に下巻に突入しそうな勢い・・・・・・。
2009/05/04(月) 15:39:27 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
昨日はノルウェイ人の送別会で、新宿飲み。いやー、お国事情や言語について色々と生の声が聴くことが出来て、北欧史とかノルウェイ語をかじってて良かったなぁとしみじみ思う。しかし、そんな方向に傾いてしまった原因はヘヴィメタルなんだな。ホント、サタニックな音楽のお陰で人生の歯車が狂ってしょうがない。
やはり、ノルウェイでのヘヴィメタルっていうか、Tungmetalの認知度は非常に高く、送別会の主賓の妹がかなり気合の入ったブラックメタラーということが発覚する。あと、オスロには2,3件ほどブラックメタルをコンセプトにしたバーがあるらしいよ。ノルウェイ行きたい! 超行きたい! ぼちぼちノルウェイ語の勉強も再開しないと……と思いながら、今日もひたすらフロイトを読んだりしてた。
,,v‐v-/l_ (⌒)
_「/ ̄ く /
lYノノ/_ノl_ヽ))
<イ( l l )l> / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
<|)'|l、"(フノ|l < えっちなのはいけないと思います!
,(ヨリ<>o<>リ'] \______________
|ト‐!]-ム- i']l
ヽ_ノv__l/ /
. ノ[//‐─‐/_/、
( /E|, (フlヨ \
,-| El___lヨ /
└-\`^^^^^^´/
 ̄ ̄ ̄
しばらく、性とか変態とかフェチとかについて考えること、つまりは「フロイト憑き」を止めようと思ったのに、昨日、臨床心理をやってる中国の留学生とユング&フロイト&タロットの話で大盛り上がりしたせいで、歯止めが効かなくなった件。飲み会とかで、「タロットの大アルカナに例えると、俺(私)のイメージって何に近いかな?」っていう感じやると、絶対にウケると思うよ。留学生と精神分析話してたら、そんな質問をされて、これ使えるんじゃね? とか思ったから、情報をシェアしておきますね。
昨日の飲みは、東西問わず色んなお国の人が入り乱れ、飲みに誘ってくれた人以外は全員お初なワケで、自己紹介と→最近なにやってるかなあ……と思うと、フロイトトに性欲動、倒錯、逸脱、変態、フェチ、人形、タロットと『不思議の国のアリス』とルイス・キャロル、ヴィクトリア朝時代の子供服(特にグリーナウェィ・スタイルとテニスンによる『アリス』の挿画)とロリィタ・ファッション、SM、伊藤春雨、オナニズムとかそこら辺についてばかり考えているの、私。
そんな調子で「変態研究者」として、すっかり真面目な変態論を講釈していたワケで……先週の日曜に、フェティシズムについて少しウニャウニャ喋って以来、なんか人と会う度々、そこら辺りのことをウニャウニャしてる気がする、ここ一週間。
詳しくは性科学や精神分析における「フェティシズム」で述べていくことだが、それらの文脈、とりわけフロイトの議論においては想像上のペニスを巡る議論に重点がおかれており、「フェティッシュ」の商品的価値や市場流通――例えばブルセラショップ――のプロセスを十分に理解することができないのではないかと私は考えている。次に引用するのは女子高生の援助交際をテーマした村上龍の『ラブ&ポップ トパーズⅡ』の一場面である(中略)
「野田知佐がマスカットを口に入れ、2,3回噛んで手のひらに吐き出した。薄緑色の皮が破れ果肉が潰れている。カケガワはそれを素早くピンセットでつまんでプラスチック容器の仕切りの一つに入れた。野田佐和はそれを三度繰り返した。/『名前を教えてよ、いや、本名じゃなくてもいいんだ、適当な名前を、自分で考えてそれを言ってよ』/(中略)野田知佐が渋谷にある女子校の名前を言った。カケガワは名前を書き込んだシールをそれぞれの仕切りの蓋に貼った後、野田知佐に13万円を払った。」 (村上龍,1997,『ラブ&ポップ』)
カケガワは女子高生を買春して性的関係を結ぶこと、つまりは異性の性器に対する固着よりも、女子高生が口に含んだ食物が唾液と食物の弁証法によって崇高さを付与された「フェティッシュ」に価値を見出し、金銭で買うことの出来る商品的な「フェティッシュ」を蒐集することに喜びを見出している。
……とか、せこせこと酒飲みながら、元々はもっとポップでカルトな身体拡張(タトゥー、ラバー、ピアッシング)や北原童夢&秋田昌美的ラインの101人変態さん大行進といった方向で書き進めてきたフェチに関する原稿が、どんどんヨクワカラナイ方向へ突き進み始めていることに気が付いた。
これもどれも、『デス・パフォーマンス倒錯と死のアモク・ジャーナル』を手に入れて、自慰死の事例、窒息愛好家や自己去勢愛好家、四肢切断愛好家、頭蓋貫通愛好家(ついでに頭蓋貫通をテーマにしたマンガ『ホムンクルス』も一気に蒐集してしまった)の存在を知ってしまったためかもしれない……。
緊縛も学ばなければイカンし、もっとフェチな人とも交流を深めたいし、イベントにも行きたいし(誰か取材費くれ)という調子な日々。変態について真面目に語りたい香具師らは、ぜひ酒の場に呼んでくれッ→でもJUNKさんは人間の想像力や倒錯力を観察するウォッチャー、知の瘋癲、もしくはウォッチャーにしか過ぎないので、自身は変態じゃないんだからねッ! 知の師と仰ぐのは天野哲夫とフロイト和尚ですが。
2009/05/02(土) 22:09:09 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0
ずいぶん前に読んだ鈴木晶の『フロイト以後』の中に書かれた学生からの、「先生、フロイトってあのエッチな思想家ですよね」というコメントが最高にツボって、未だに講釈の中で使ってる。
リビドー→中学生がエロ本を買うため、わざわざ隣町まで自転車を走らせるという行為を動かす衝動。写真(ダゲレオタイプ)もヴィデヲ(洗濯屋ケンちゃん!)、ネットも、最初に新しい技術に飛び付人たちの多く(ほぼ男性)は、リビドーによって駆動されていると。
〃∩ ∧_∧
⊂⌒( ・ω・)
\_っ⌒/⌒c
⌒ ⌒
はいはいぺニスファロス
喫茶店でモーレツな眠気と斗いながらエッチな思想家の「性に関する3つの論文」を、朦朧、覚醒、没入を繰り返しながら読んでたのだけど、やはりフロイトは面白いナア。特に幼児性欲と、おしゃぶりのトコは熱いよ。
フェチを論ずる資料を作り終えてから、「しばらくぺニスとかファロスとかチンコとか性倒錯や変態という言葉を連呼したり、そんな単語が羅列される文章書いたり、それらについて考えることを少し休もうと思うの、私」とか思ったんだけど、全然休まってない→それどころか今まで以上に深く考え始めてる。
電車内で軽く仮眠とってたら、流動体が出てきて、口唇、目蓋、陰唇、尿道、ありとあらゆる割れ目にメタモール・フォーゼする不気味(Unheimlichkeit)なものにうなされて参った。
〃∩ ∧_∧
⊂⌒( ・ω・)
\_っ⌒/⌒c
⌒ ⌒
はいはいエロスエロス
2009/05/01(金) 19:08:08 |
未分類
| トラックバック:0
| コメント:0